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唐突に。

哲学の時間です。

【哲学の時間ルール】
・一つのお題を決めてやること。お題は何でもいい。ようはきっかけ。
・お題を決めたらそれに始まってひたすら考えること。
・お題から始めるなら連想ゲームのように色んな事を考えてもいい。
・考える為に辞書を使ったり検索かけたりするのは可。
・やる時間は眠るか眠くなるまで。寝たら思考は打ち切り。日記に提出。
・思考を辿る為の作業なので、自分の好き勝手に考えてよし。
・つまりこれを見ている他人を気にすることなく妄想をぶちまけること。
・考えるだけなら罪にはならない。思う存分、推敲もなく、考えること。
・最初に「哲学の時間です」と一言書いておくこと。

以上。

さてと。
きょうっのおっだいっはなっににしよっかな♪
いきなりハイテンション。
じゃあとりあえず…まずは【哲学】だな。

哲学。
世界や人間についての知恵や原理を探求する学問。
真理認識の学問。
形而上学、論理学、倫理学、美学などの部門が現在はある。
または、個人の経験より得られた基本的な考え。
まずは基本知識。
しかしまあ。
色々言ってるけど、かーなーりアバウトだよね。
元々は真理を追求する学問だったらしいよ。
真理ね。
真理ってなんだろうね。
この世の本当のことだよね。
ん、ん?違うな。
この世の人間が理解出来る限りの、本当のことだよね。
まず世界を考えるのが形而上学。
でも世界は人間が認識しているから存在している。
人間は人間が認識しているから存在している。
我思うゆえに我あり。
コギトエルゴスム。
これが認識論。論理学。
つまり世界の真理に辿り着く為には人間を知らなくてはならない。
だから倫理学ができるし美学もできるわけだ。
はあはあ。なるほど。
つまり人間が。ぼくが。キミが。いなくなったら世界は崩壊するんだね。
認識するものが死んでしまったら認識する対象は認識されずに存在しないことになる。
つまりぼくが死んだら世界も死ぬ。
あくまでもぼくの認識する世界だけどね。
コギトエルゴスムにはこんな意味もあるのかな。
しかしこの考え方、ちょっとすごいかもしれん。
だってさ。
ユダヤ教に始まってキリスト教に広まった世紀末観は天文学的な数字で既に実現されていたってことじゃないか。
世界では二秒に一人の割合で人は死んでるらしい。
今も世紀末は起こっているのか。
世界は何度も崩壊する。
人が死ぬ度世界は滅びる。
うん、素敵。
まあでも、世界は死ぬ前にまた世界を生むんだよね。
人は子孫を残す。
人は生まれると同時に世界を認識する。
そして百年もすれば世界は崩壊する。
でもまた生まれる。
うん。
しかしこの考え方でいくと世界≒人間みたいだな。
あー、まあ、確かに。
「自分の世界に籠もる」って表現があるくらいだし。
人間の人生は世界と同じなのかもしれないね。
つまりだ。
人生=世界。
じゃあ人生と人生が混ざり合う、出逢いも世界なのだろうか。
例えば家族とか。
例えば地域とか。
学校とか。
会社とか。
国家とか。
出逢いは人とのつながりを作って社会という組織を生む。
組織は様々な組織と出逢い、つながりを作る。
会社がつながりを持ってコンツェルンを築いたり。
地方勢力が統合されて国家機関になったり。
国家が集まって国連という機関を作ることもあるわけだし。
そんな組織がつながりを持って、普通ぼくらが言う「世界」になる。
人生は世界。
ならば人生がつながりを持ってできた組織もまた世界。
なんだ。
「世界」は結局、世界の集合体なんだよね。
そりゃイコールにならないわけがない。
ぼくの言うところの世界群に近いかもしれないね。宙とか樹とか。
じゃあ。
宙とか、樹とか、それに並んで「世界」っていうのもアリかもしれないな。
宙は世界のあり方を星と宇宙になぞらえていて。
樹は世界のあり方を葉っぱや実や幹や根になぞらえていて。
「世界」は世界のあり方を、人間や組織から成る世界になぞらえている。
そっか。
ぼくらのいる世界もまた、世界群なのか。
ちょっと面白い理解をした。
気分がいい。
じゃあ。
世界群の上ってあるのかな。
まあ、あるんだろうね。
世界群の集合体。
そのまた更に集合体。
延々、延々。
そういえば銀河系をまとめるのは宇宙だけど、宇宙をまとめる場所があるらしいよ。
銀河系。宇宙系。その上…うーん、最早次元が違う。
多分三次元世界にいるぼくらには理解出来ない高次元なんだろう。
なんだか火の鳥未来編みたいだな。
ぼくらは何かもっと他の大きなものを動かす存在なんだって。
例えばぼくらの体を構成する器官、細胞、分子、原子、電子。
電子の元ってなんだろう。
それはもっと小さなものの集合体かもしれない。
その集合体は宇宙みたいになっていて、星があって、生き物があって。
そんな小さな宇宙がぼくらを動かしているのかもしれない。
逆にぼくらのいる宇宙はもっと大きな電子を動かしているのかもしれない。
って火の鳥が言っていた。
その後なんかライフストームみたいなのがあったけどそれはともかく。
ようは。
ぼくらはつまり、生かされて、生かしている存在なのである。
電子より小さい宇宙に生かされて、宇宙より大きな電子を生かしている。
そういう存在なのである。
だからぼくらは生きているだけで必要な存在なのである。
たった一人で生きられるわけじゃないし。
誰かの支えがなきゃ生きられないし、誰かはぼくが支えなきゃ生きられないかもしれない。
人は交わらなきゃ生きられない。
人生は交わらなきゃいけない。
世界は混ざり合う。
そしてまた大きな世界を作る。
世界は世界であって世界でなくてはならない。
そういう世界。
あ、なんか帰結した。
ちょっとかっこいいし。
ぼく言い回しだけは上手なんだよね。
思った事を口にするのをなんとかすれば人間関係は最高なんだけど。
まあいいや。

哲学の時間はここまで。
お疲れさまでした。
ちょっと眠くなってきたので寝ます。お休みなさい。
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