※百合注意!
※キャラ崩壊注意!
***
(貴女がたとい誰を愛そうとも構わないのだけれども)
「碧騎士様」
「ん、何かね、アカヒトよ」
「何、この体勢」
「気にしてはならんぞ」
気にするなという方が無理だ。
元司令部直轄指揮官であるアカヒト大佐は騎馬隊総司令官ゼクセン大将に捕まっていた。
具体的に言うと、ゼクセンの膝にアカヒトが乗っかっているという形でだ。
腰に腕を回しがっちりホールドしている辺り、逃がす気はないようだ。
「それとなアカヒト、私の事はゼクセンと呼べといつも言うとるに」
「ゼクセン様」
「様までつけおって!だがそのささやかな反抗ですら愛しいぞアカヒト!」
わしわしと頭を撫でられ、ただでさえ跳ね気味のアカヒトの髪があちらこちらに跳ねることになった。
ゼクセンよ、流石にその言い回しは変態のようであるからして、やめた方がいいかと。
「…ゼクセン」
「んむ、何だねアカヒト」
したたかで食えない女と称されるアカヒトもゼクセンには勝てないようだ。
たちまち折れて、昔のように敬称なしで呼び合う二人の女。
彼女らは軍人になる以前からの知己で、昔は将校や佐官などという地位もなかった為、気安く互いに名を呼び合えていた。
だから、アカヒトが大人になり、互いの地位を意識し始めると、ゼクセンはそれを嘆いていたのだった。
アカヒトはすまないなぁと思ってはいたが、しかし、軍規なのだから仕方がないのだ。
「ゼクセン、ぼくもいい加減子供でないんだ。だいたい、こうしてじゃれあう年でもないだろうに」
「はて、アカヒト、貴女は幾つになったのかね」
「二十歳だ」
「ほう、随分大きくなったものだな。胸の大きさは変わらないが」
「余計なお世話という言葉を知ってるかいゼクセン」
「知っているが、私には通用しないな」
白々しく笑って頬擦りするゼクセン。嫌がるアカヒト。
ゼクセンよ、世間はそれをセクハラと言うのだ。
…ゼクセンは普段は軍きっての名将と呼ばれ、部下からの信頼も厚い。
かの東方戦線に送り出された時ですら全戦全勝という記録を更新するような伝説的逸話も残っている。…事実なのだけど。
そんな彼女にも弱点はある。
可愛い少女に目がない、つまり無類の少女趣味なのである。
元々その嗜好はあったらしいが、アカヒトいわく今ほどではないとのこと。
どうやら軍に入ってむさ苦しい男に日々囲まれている分、悪化したらしい。
だが軍には少年兵はともかく、少女は慰安隊(施療隊)くらいにしかいない。
しかし慰安隊の少女に手を出すと、大将としての威信にも問題がある訳で。
と、いうわけで昔から馴染みのあるアカヒトが目をつけられたのである。
…既に大人であるアカヒトに手を出す辺り、本当はただの女好きなのかもしれないが。
「離してくれ」
「嫌だと言ったら」
「ロリコンだって言いふらしてやる」
「ほほう」
ゼクセンの目がぎらりと輝いた、ような気がした。
「ならば言いふらせないような事でもしてみようじゃないか」
そう言って腰に回していた腕を、ずぼっ、と上着の中に突っ込んだ。
流石のアカヒトもこれには驚いたようで、わあと叫んで暴れ出した。
止めろと言うのに、どうなっても知らんぞ。
「ぜっ、ゼクセン!流石にこれは問題だと思うんだけれども!」
「んー何だねアカヒト、聞こえんなぁ」
「うわっ、待て、そこは駄目だ、駄目ったら!」
一体どこを触っているのやら。
ゼクセンよ、それではただの変態だぞ。
「ほらほら、さっきまでの威勢はどうしたのかね?アカヒトよ」
「いやあああ!」
絶賛人格崩壊中、である。
と、いうか、アカヒトが非常に大変なことになっている。
具体的にはなんというか、お子様は見てはいけない的な。
「やだやだやだやだ!ゼクセンっ、軍会議にかけ…やあぁっ」
「ほっほう、軍議で何を言うつもりかね?こんなことを…」
「やっ、あう」
「…されたとでも?」
非常に見目麗しい光景ではあるが、どうだろう、いい加減やめてくれんか。
しかしゼクセンはやめる気はないらしい。
真っ赤な顔で抵抗するアカヒトだが、一体いつになったら解放されるやら。
「フィッジ!」
アカヒトが耐えきれずに叫び、ぽん、と暖色系の色彩に包まれた青年が何もない空間に現れる。
頭と腰には毛の長い狼らしい耳と尾があり、燃え盛るような赤髪を全体的に後ろへ流した髪型をしていた。
目の下には黒い線状の模様がそれぞれ走る。
アカヒトの友人、炎系で狼型の精霊、「焚き火」のフィッジだ。
突然呼び出されたフィッジはわけもわからず、きょとんとして、アカヒトを見つけて、ぎょっとした。
「ちょっ、どうしたのアカヒト!なんかいけない雰囲気なんだけど!」
「フィッジ助けて…襲われる…」
「ゼクセンも何してるんだよ!」
「いや、ちょっとお仕置きを兼ねた悪戯というかな、うん」
「言ってるそばからセクハラしないの!!」
べりべりと力ずくで引き剥がされて、ゼクセンは不満の声を上げた。
アカヒト、よかったな。
彼女は彼女で、乱れた軍服を整える余裕もなく、フィッジの後ろに隠れた。
肌着が見えている辺り、…まさかその下まで探られたのか。
恐るべしゼクセン。
「ゼクセンのばか!もう絶対会いに来ないからな!」
ばーん。
「それは困る!」
どばーん。
子供かお前ら。
「ほらアカヒト早く服直して、ゼクセンもにじり寄らない!アカヒトが怯えてるからやめてあげて!」
「ちぇー」
「ガキじゃないんだからいじけるな!」
流石苦労人体質と名高い精霊である。
てきぱきとアカヒトの服を直し、アカヒトを抱きかかえて部屋から出て行ってしまった。
「あんまりアカヒトを虐めないでよ、ゼクセン」
「虐めてなどいない、愛でたんだ!」
「どちらも同じだよ!」
そんなアカヒトの悲鳴が聞こえて、扉が閉まった。
部屋には静寂が戻り、ゼクセンは、ふうと溜息をついて回転椅子をくるりと回す。
そしてにやりと笑う。
「アルディロード、延々とナレーションを続けるのは楽しいかね」
あ。
折角名前が出ないよう頑張っていたのに。
苦労が台無しである。
「わざわざ貴殿の前でやって見せたのにな、これではつまらん」
「そんな事だろうと思っていた」
「なんだ、無視していたのか」
直視していたとも。
とは、敢えて言わないが。
「貴殿は私が誰を愛そうと、構わないのだな」
「そう見えたか?」
「嫉妬くらいされなければ誰でもそう思う」
ゼクセンは後ろ向きに回転椅子に座って、背もたれに顎を乗せた。
細い銀髪がさらさらと肩から流れ落ちる。
「貴殿は本当に、私を愛しているのかね」
くるくる、くるくる。
…。
「…」
「…」
「あう、酔った」
だろうと思った。
おれはふらふらとしているゼクセンの背を擦り、いたわる。
背もたれに寄りかかっていたゼクセンは形の良い眉をしかめ、長い睫のついた瞼を閉じて唸っていた。
白磁のような肌に、薄く赤い色を乗せた唇。
酔いが引いたのか、ゼクセンは瞼をうっすらと開け、硝子のような輝きを放つ瞳が顔を覗かせた。
…。
そんな貴女を、愛さないわけが、ないだろう。
「アルディロード、もういい」
「…」
「もういいと言っている」
「ゼクセン」
背中を擦る手を止め、ゼクセンの瞳を見詰める。
おれにはないその輝き。
思えば、おれはその目に。
その輝きに。
惚れたのかも、しれない。
「確かに、おれは、貴女が誰を愛そうと構わない。だがな…」
ゼクセンの耳に、唇を近付けて囁く。
ゼクセンの目が、見開く。
ゼクセンの手が、おれの頭を掴んだ。
ゼクセンの唇が、おれの唇に触れた。
(おれが何時までも貴女を愛している事を、忘れないでくれ)
***
【クロイツェルソナタ】
ベートーベン作曲、バイオリンソナタ第九番のタイトル。
または、トルストイの小説のタイトル。
クロイツェルソナタを愛人と合奏する妻を、夫が嫉妬で殺害する話。
でも内容はエロと結婚についての話なんだぜ。
ちなみにこのトルストイは【戦争と平和】を書いた方です。
アレクセイ・コンスタンティノヴィッチ(【雷帝の死】【フョードル】【ボリス】)でもアレクセイ・ニコラエヴィッチ(【ピヨートル一世】【雷帝】)でもなく、レヴ・ニコラエヴィッチの方。
みんな小説家とかすげえ。
しかもみんなほぼ同世代。
すげえ。
昔の文豪を調べるのが好きです。
おまけ↓
「フィッジ、酷いと思わないかい」
「何が?」
「ゼクセンさ」
「ああ、あのロリコンぶりはね」
「それもあるけど、そうじゃないよフィッジ」
「え?」
「ゼクセンはね、ぼくを当て馬にしたんだよ」
「同性を当て馬にする辺りゼクセンらしいな…」
「だよ。ただそれだけでぼくはあんな目にあったんだ」
「いや多分趣味も兼ねていたような…」
「うん。胸まで揉まれたし…」
「うっわ」
「フィッジ…」
「なに」
「メイカ呼んで、お酒飲もうって言ってきて」
「あんまり愚痴っちゃだめだよ」
メイカがんばれ。
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